中和行動

日々の生活を中和するためのブログです。

予想通りに不合理★★★★☆

言わずと知れた行動経済学の本です。これまで筆者が研究仲間と行ってきた膨大な研究がカジュアルな文体でまとめられています。

この本のスゴイのは実験のエピソードが本当に面白くって、行動経済学について全く知らない人でもすいすい読めてしまうこと。たぶん皆さんも読み始めると、"こんな毎日遊んで生活してるような大学教授なら是非なりたい!"と羨むと思います*1

人間は"合理的"ではないということ

この本が伝えようとしているのは、人間は"合理的"ではないということ。例えば、選択肢3つあったら真ん中の選択肢を選びがちだったり、報酬があると逆にやる気がなくなることがあったり、"無料!"だと(特にいらないものでも)急に欲しくなったり、1セントのアスピリンより20セントのアスピリンの方が効果があったり。これらの行動は古典経済学の前提とされている"合理的経済人"の行動からかけ離れています。

以前の記事でも書いたんですが、これは人間の"直感"*2は、人間が原始時代を生き延びるために進化した*3ことに由来するのだと思います。だから、"不合理"な行動だとしても法則があるようです。実験を通じてその法則を見つけようとするのが行動経済学で、その知見を応用することで人々が幸せになれる選択を選びやすくすることができます。

hsasayan.hatenablog.com

 

本記事では、個人的に気になった研究を2つほど紹介し、その後にダイジェスト方式で面白いと思った知見をピックアップしました。自分が幸福に過ごすための教訓として書いたものですが、皆さまのお役に立てましたら幸いです*4

1. 社会規範と市場規範 ~お金をもらうと楽しめなくなる~

もしあなたが友人や恋人にプレゼントをするときに、一緒にプレゼントの金額を伝えたら、受け取る相手は困惑するのではないでしょうか*5。でもそれがなぜかを説明をしてほしいと言われると、言葉に詰まるのではないでしょうか。それをすっきり説明する考えとして、社会規範と市場規範という考えがあります。

それはわたしたちがふたつの異なる世界──社会規範が優勢な世界と、市場規範が規則をつくる世界──に同時に生きているからだ。社会規範には、友だち同士の頼みごとが含まれる。ソファーを運ぶから手伝ってくれない?タイヤ交換をするから手伝ってくれない?社会規範は、わたしたちの社交性や共同体の必要性と切っても切れない関係にある。(中略)ふたつめの世界、市場規範に支配された世界はまったくちがう。ほのぼのとしたものは何もない。賃金、価格、賃貸料、利息、費用便益など、やりとりはシビアだ。

この社会規範と市場規範の何が面白いかというと、お金の話が絡むことでやる気を失ったりモラルを損なうことがあるということです。下記に3つの例を示します。

例1: 無償での協力の方が頑張る

筆者が行った実験では、実験の協力への見返りとして金銭を約束したグループでは、何も報酬がないグループや報酬としてプレゼント(5ドルのゴディバのチョコレートか)が与えられたグループより作業の効率が低下しました*6

この研究の面白いところは、金銭だと市場規範を強く意識させてしまいますが、プレゼントであれば市場規範を意識しない(社会規範にとどまることができる)ということです。

例2: 遅刻に対する罰金が遅刻を増やす

また、託児所で親のお迎えの遅刻に罰金を課したイスラエルの保育園では、罰金の意図に反して、遅刻する親の数が増加しました*7。これは、罰金がなかったときは"先生に対して申し訳ない"という気持ち(社会規範)から遅刻しないように心がけていたのが、罰金により"お金を払えば遅刻が許される"という考え(市場規範)に移ってしまったということです。

例3: NPO法人は無償で仕事を依頼した方が弁護士の協力を得やすい

あるNPOでは弁護士に仕事を依頼する際、少額の謝礼を支払うより、無償のほうが仕事を引き受ける確率が高いということを発見したようです。謝礼がある場合、自分の時給と謝礼を比較してしまい、とても時間に見合ったものでないと判断してしまうのでしょう。

 

社会規範の怖いところは、市場規範は強力で、一度金銭と自分の行動を結びつけてしまうと、その考えから離れることはなかなか難しいというところです。また、社会規範と市場規範を両立させることはできません。前述の保育園の場合、罰金をなくしても、親の遅刻の割合は長く高いままでした。自分の場合も心当たりがあります。学生の時、勉強は自分のためやいい研究のためにするもので、それ自体が楽しいものでした。しかし、社会人になると「この勉強をすることでどれだけ自分の収入・市場価値が上昇するか」ということを考えてしまって、辛いなぁと思うことがあります*8

社会規範に目を向けよう

市場規範はとても強力であり、社会がますます市場規範を強めている~より高い給料、より多くの収入、より多くの消費を求める~ことに、筆者は警鐘を鳴らしています。確かに日本でも"自己責任"の名の元、"稼げない人は無能"とでも言わんばかりの言動は簡単に見つけられます。逆に、高所得であることを誇り、"札束で人を殴る"人もしかり。

正直、平均的な所得である自分はこの言説は辛いなーと思っています。給料の多寡って業界や会社で決まるので、給料だけ求めると自分がやりたい事と全然違うことをやらないといけない場合もあるわけです。また、高収入と努力って比例することの方が少ないと思うんですよね。比例しないとは言いませんが、住む場所や働く業界の方が影響因子として大きいと思います*9 。一方、会社の風土がいいとか、上司がいい人、本人がやりがいを感じているというようなことは見落とされがちです。これは、人によって何がいいかは異なるから、比較が容易な給与に皆が着目するのでしょう。

一般に、人は給料のために働くが、そのほかにも仕事から無形の利益を得ている。これは給料と同じようにちゃんと実在し、とても重要なものなのだが、給料とちがってほとんど認識されていない。

筆者は上記のような要因が見落とされがちであることを指摘する一方、従業員との関係を社会規範の範囲にとどめるためにボーナスではなく、旅行などをプレゼントすることを提案しています。これには自分は同意しませんが、中小企業のように社長と従業員の関係が近い場合はプレゼントもありかもしれません。金の延べ棒やテレビをくじ引きやじゃんけん大会の商品としてプレゼントしている会社を思い出しました。

gentosha-go.com

いずれにせよ、私たちの生きる目的はそれぞれが幸せになることだと思うので、一部だけが勝者になる市場規範より社会規範に目を向けて生きて行けるような社会になってゆくといいなと思っています。

2. アンカリング~スターバックスのコーヒーはなぜ"高くない"のか~

 アンカリングという言葉を聞いたある人は多いと思います。例えば、交渉で最初に提示された金額が、無意識のうちに基準となり、その後の判断が最初の金額に左右されるというような。本書でも、「真珠王」サルバドール・アセ―ルが、ほとんど需要のなかった(=誰も価値を決めていなかった)黒真珠を世界最高級の宝石として売りに出したことで、莫大な富を築いたことが紹介されています。

一方で、このアンカリングの移り変わり(長期的な影響)についてはあまり知られていないように思います。本書では、スタバのコーヒーを例に、最初の決断が習慣となり(自己ハーディング行動)、最初は別のアンカーと比べて高いと思っていたものが、新たにアンカー(=普通の金額と感じる)となることが紹介されています。"最初の決断は一時限りのものではない"のです。

(先週初めてスターバックスに入った)翌週、あなたはまたスターバックスの前を通りがかる。立ちよろうか?理想的な意思決定をするには、コーヒーの品質(スターバックスダンキンドーナツ)、ふたつのコーヒーの価格、そしてもちろん、もう数ブロック歩いてダンキンドーナツまで行く手間(または価値)を考慮すべきだろう。ただし、これは複雑な計算になる。そこで、簡単な決定法に頼る。「前にもスターバックスにはいって、気持ちよくコーヒーを楽しんだのだから、これはわたしにとっていい決断にちがいない」というわけで、店にはいってまた小さいサイズのコーヒーを注文する。(中略) こうして、 いつのまにかスターバックスでコーヒーを買うのが習慣になっている。(中略) 過去に何度も同じ決断をしてきたのだから、これこそ自分の望むお金の使い道だと思いこんでいる

私はこれを読んだ時、「確かに最初は高いと思っていたよなぁ」ということを思い出しました笑。今ではスタバがアンカーとなって、ブルーボトルコーヒーがちょっと高いなぁと感じるぐらいに。。

また、アンカーは同種のものには働きますが、別種と感じるものについては働きにくいようです。スタバはスタバ以前のコーヒーショップとは異なる価値(例えば、サードプレイスとなる空間、おしゃれで気が利く店員、フラペチーノ!!)を提供することで、高いコーヒーがアンカーにかからないように工夫しています。

つまり、入店の経験がほかとはちがったものになるように、できることをすべてやった。ほかとはかけ離れた経験にすることで、わたしたちがダンキンドーナツの価格をアンカーに使わずに、かわりにスターバックスが用意した新しいアンカーをすんなり受けいれるように全力をつくしたのだ。これがスターバックスの成功におおいに貢献している。

このことから物の価値を判断するのは人間には最も難しい部類のタスクと言えそうです。難しいので過去の判断や感情(アンカリング)はどうだったかという簡単な問題に置き換えて判断する*10のだと思われます。昨今、美術業界では最高落札額が更新され続けていますが*11、これも最高額がアンカーとなって更新され続けているのかもしれないなと思いました*12

3. その他

  • 人はものごとの価値を相対的にしか評価できない

人間は、ものごとを絶対的な基準で決めることはまずない。ものごとの価値を教えてくれる体内計などは備わっていないのだ。ほかのものとの相対的な優劣に着目して、そこから価値を判断する

  • 無料の力~金銭が絡まない時、自己の利益より他者の幸福を意識する~

かごに入れたクッキーを無料で配布する場合、有料で配布する場合(1枚1セント)と比べて被験者の購入量が少ない(有料の範囲では、金額が低下するにつれて購入量が増加)。"無料"の場合、市場規範より社会規範の方が強く働き、かごの中のクッキーを公共財としてみなすためと考えられる。つまり、自分が取りすぎると他の人が取れなくなることを思い出させる。

また、このことは、CO2の排出権取引制度が上手くいかないことを説明します。つまり、お金を払えばCO2を出してもいい(まさに日本の考え方)に結びついてしまうためです。

  • 性的に興奮している時は、冷静な判断ができない

実験協力者が性的に興奮しているときは、さまざまなやや変わった性行為をしたくなるだろうという予想が冷静なときのほぼ二倍(72%増)になっていた。

対象はUCバークレーの学生。

  • 私たちは選択肢を閉ざすことに強い抵抗感を感じる。たとえその選択肢に価値がなくても。

めまぐるしく動きまわるのは、ストレスになるだけでなく、不経済だということだ。実験協力者たちは、扉が閉ざされてしまわないよう必死になるあまり、扉が消える心配をしなくてすんだ実験の協力者に比べて、獲得金額がかなり少なかった(約一五パーセント減)。ほんとうは、部屋をひとつ──どの部屋でも──選んで、実験のあいだじゅうそこにとどまってさえいれば、もっと賞金をかせぐことができたのだ(これが人生や仕事だったらと考えてみるといい)。

わたしたちはあらゆる方向にみずからを成長させなければならない。人生のすべての側面を味わわなければならない。死ぬまでに見るべき一〇〇〇のもののうち九九九番めで止まっていないか、しっかり見とどけなくてはならない。だが、ここで問題が生じる。わたしたちは無理にいろいろなことに手を広げすぎてはいないだろうか

  • 不正について

私たちは、金銭を直接扱うような不正(強盗やスリ)には強い抵抗感を感じるが、 会計の操作やインサイダー取引など、金銭から一歩離れたところの不正は抵抗感を感じにくい。

世界を見まわすと、たいていの不正行為は現金から一歩離れたところでおこなわれている。

言うまでもなく、わたしたちはだれもがこの弱さを持っている。ありがちな保険金詐欺を考えてみよう。保険加入者は、家や車を失ったと申告するとき、一〇パーセントほど損害額を都合よく水増しすると見積もられている(もちろん、あなたが大げさに損害額を報告すれば、保険会社は保険料率をあげるので、状況はとんとんになる)。ここでも、たいていは完全に目 に あまる よう な 詐欺 は おこなわ れない。たとえば、27インチのテレビを失った人は32インチのテレビだったと申告し、32インチのテレビを失った人は36インチのテレビだったと申告する、といった程度だ。

直前に道徳基準を思い出すことで、(実験における)ごまかしの程度が減少する。

十戒のうちひとつかふたつの戒めしか思いだせなかった学生も、一〇個をほぼ完璧に思いだした学生と同じくらい影響を受けたことだ。これは、十戒そのものが正直になることをうながしたわけではなく、なんらかの道徳基準に思いをめぐらすだけで十分だったことを示している。

 

参考文献 

*1:実際、毎日遊ぶように研究できてるかというとそう単純ではないと思うけれど。

*2:ダニエル・カーネマンの書籍(ファストアンドスロー)でいうシステム1

*3:そしてそれは現在社会では"不合理"なことがある。糖分が簡単に手に入るようになった現代社会でも、糖分を過剰に取りすぎてしまうように。

*4:わかりにくいところの質問や面白くなかったときには是非コメントください。今後修正してゆきます。

*5:サイコパスの場合は話は別かもしれないが

*6:この実験の概要は下記の通り。"コンピューターの画面の左側に円が表示され、右側に四角が表示される。マウスを使って、円を四角までドラッグする課題だ。四角までドラッグすると、画面から円が消えて、最初の位置にまた新しい円が現われる。実験協力者にできるだけ多くの円をドラッグするように言い、五分間で円をいくつドラッグできるかを測定した。その数で労働産出量──実験協力者が課題に費やした労力──を測った。"

*7:Gneezy, Uri, and Aldo Rustichini. "A fine is a price." The Journal of Legal Studies 29.1 (2000): 1-17.

*8:おそらく自分が勉強したことで収入が上がることはないと思う。少なくとも短期的には

*9:例えば、社長や営業は自身の売上と収入が結びつきやすい一方、エンジニアは人材の需給の影響の方が大きいなど。エンジニアがどれだけ会社に利益をもたらしたかは評価しにくいわけです

*10:心理学でいうヒューリスティック

*11:落札額のトップ10は全て2010年以降。最高落札額はレオナルドダヴィンチが制作したと言われる"サルバトール・ムンディ"で、$460.4M 高額な絵画の一覧 - Wikipedia

*12:お金持ちと言うのは多少なりとも見栄っ張りなのでアンカーを更新しようとするのでは